今週初はまだ雪景色だったニューヨークも夏時間になってもうすぐシーズン入り。
ジョージワシントンブリッジが白銀に染まるのも今週限りだろう。
ちなみに今日の夜は華氏60度越えで防寒着はなしで(半袖ジャージにレーパンで)十分だったので気温の差が激しい。
今シーズン、まずはニュージャージー州のタイムトライアルで幕を開け、初夏からニューイングランドのヒルクライムレースを転戦することになる。
国外のレースとしては、去年参加したKOH富士山に続き、今年も日本のレースに参戦予定。
とりあえず乗鞍に参加登録できたので、それに合わせて帰国日程を詰めていく。
ここ3年ほど悪天候続きということだが、せめて中止やコース短縮にならない天気になってもらいたい(去年の富士山の下りも雨で辛かったが・・・)。
一方、これから春先というときに訃報が舞い込んできた。
こちらで知り合った自転車好きのアメリカ人の同僚。
彼は一度ガンにかかったものの、会社を休職して手術を受けて見事カムバック。その後ヨーロッパのアルプスにチタンバイクで自転車旅行をしたりとアクティブな日々を送っていた。
その彼が退職したのが2014年のこと。
「今後は趣味の自転車とゴルフの日々を楽しむ」と言い残し、温暖なノースカロライナにリタイアメント用の家を買ってNYから引っ越していった。
同じ自転車が趣味ということで、会社でレースの結果を報告したり、ツール開催中に「今日のステージ」の話しをしたり、退職後もノースカロライナを自転車で走る姿を見せてもらったり、自分に子どもが生まれたときもお祝いメッセージをもらったりした・・・。
去年の今頃は、「やっと家のリノベーションが終わってリタイヤ生活もようやく軌道に乗る」と話していた・・・。
リタイアから2年、突然の訃報。
企業戦士として会社に人生を捧げてきて、老後の第二の人生を歩み始めたばかり・・・。
サラリーマン人生から解放され、これまで頑張ってきた分をこれから回収するという段階になって、たった2年でこの世を去ってしまうというのはあまりにも短く、あまりにも切なく、悲しく、悔しい。
歳は違えど、同じ職場で働き、同じ自転車という生涯スポーツの趣味を持つ仲間。
彼の訃報は他人事ではなく、自分もショックと悲しみとともに深く考えさせられた。
囲碁や将棋では、ある程度盤面が進むと終局図が見えてくる。
人生も中盤を過ぎていくと、大きな事故や病気をしないでこのまま進んでいくとどうなるのかという道筋が大体見えてくる(おそらく歳をとればとるほど、それがハッキリ、クッキリと見えてくるのだと思う)。
それが理想と違う場合、理想と現実のギャップを埋めれるなら埋める努力をする。
例えば死ぬ瞬間、「もっと家族と一緒に過ごす時間を持ちたかった」と思って死ぬ人はいても、「もっと多くの会議に出ておきたかった」「もっとたくさん残業しておきたかった」と悔やんで死ぬ人はいない(とここでは便宜上断定形にしておく)。
軌道修正ができるなら早い方がいい。
自分は何のために生きているのか、何がしたいのか、何を遺したいのか、何処へ辿り着きたいのか、今の生活の延長線上がその道へ繋がっているのか。
こうしてレース予定を考えて五体満足にレースが走れるのも、思えば貴重な瞬間の中を生きているのであって、こうした一年がずっと続いていくわけではない。
ただ春の夜の夢の如く、ひとえに風の前の塵に同じ。
日々に忙殺されていると刹那的な毎日に陥りがちだが、時には日々の雑踏から少し離れて大局的に人生を考えてみるようにしたい。
在りし日の彼の写真と彼のコメントをもって、天国までのぼっていった彼に贈りたい。
climbin', climbin', climbin'
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