TrainingPeaksで表示されていた自分のパワープロファイリングでは、FTPや5分ではUSAC(全米自転車競技連盟)の区分けでいう、「カテゴリ3」レベルにまで達しているのに、スプリントでは「カテゴリ5」に届くかどうかであった。これまでのレースの敗因では、スプリントのタイミング判断ミスや、経験不足による要因も大きいだろうが、純粋にスプリント能力の欠如も、ゴール前で勝てない要因になっていると思う。
ちなみに自分は背が低い方だが、ニューヨークでレースを走ると周りは自分より体格が大きい選手ばかりであり、これまでレースをしてきて気付いたのは、他の選手との体格の違いである。以前は自転車の重量が軽さを求めるように、ロードレーサーも体重が軽い方がいいと思っていた。が、実際にはカテゴリ5のリーダージャージを着ている選手でさえ小太り気味な体格をしており、他にも明らかに筋肉じゃなくて贅肉が見えるような選手もスプリントで速かったりした。
はたして背が低い人はスプリントで勝つことを諦めるしかないのであろうか。ということで、体格によるスプリントの向き、不向きについて考察をしてみたい。
身長と体重による走りへの影響
パワートレーニング本の「Training and Racing with a Power Meter」の著者であるAndy CogganとHunter Allenによるソフトウェア「WKO+」のウェブサイトで、身長と体重に関連する興味深い記事が掲載されている。
今では削除されてしまったその記事のタイトルは「Climbing like a Tour Rider」。ちなみに記事を書いていたのは、これまた有名な「The Cyclists' Training Bible」の著者であるJoe Frielである。
簡単に言えば、この記事では、Mass(質量の意味だが、ここではBMI(体格指数)に近い使われ方をしている)がロードレースに与える影響、身長に対する体重割合によるメリット、デメリット、絶対パワーと相対パワーの違いが説明されている。
まずはMassを計算する。ポンド単位の体重に、インチ単位の身長を割ることで求められる。単位の変換を含めて公式化すると以下になる。
Mass = 体重(ポンド)÷ 身長(インチ)= (体重(kg)÷ 0.453592) ÷ (身長(cm)÷ 2.54)
Massが2.0以下の場合は、クライマー向きである。なぜならクライミングでは体重による重力影響が大きく、Massが小さいことで重力的負荷が有利になるからである。逆に、Massが低い場合は平坦なフラットコースや、強風の場合、タイムトライアルでも不利とされている。その理由は、フラットなコースでは重力によるデメリットが少ないからである。
一方で、Massが2.5以上の場合は、強風、平坦コース、タイムトライアル、スプリントにおいて有利とされている。
このことは「出力が何に使われるか」の傾向とも一致している。以下のグラフの通り、7%の勾配では出力のうちの84%が重力抵抗のために使われるのに対し、平地(0%の勾配)では逆に83%が空気抵抗のために使われる。こう見ると、坂と平地で物理的には全く別のスポーツで、ヒルクライムでは体重が軽いことが重力抵抗低減に直結する一方、逆にスプリントでは体重が重いことが空気抵抗を打ち返すための出力向上に直結することがわかる。
いわゆるヒルクライムレースで出てくるような勾配では、重力抵抗が大半を占めることがわかる。
なお、舗装路を走るロードバイクでは、乗鞍の平均勾配6%で80%、ホワイトフェイスの8%で87%、富士国際ヒルクライムの10%では90%が重力抵抗のために使われることになる。
ヒルクライム用の体重ダイエットと自転車重量の軽量化が及ぼす影響分析
絶対パワーと相対パワー
ここで注目すべきなのは、Wattという絶対パワーと、Watts/pound(またはWatts/kg)という体重比出力である相対パワーとの違いである。
上記記事内では、カテゴリー3のロードレーサーの例として、以下の比較が載せられている(表中のFTPは「1時間維持できる限界出力」で単位はWatt)。
ライダー | 身長 | 体重 | Mass | FTP (絶対パワー) | Watts/pound (相対パワー) |
---|---|---|---|---|---|
A | 178cm | 64kg | 2.0 | 300 | 2.1 |
B | 188cm | 84kg | 2.5 | 360 | 1.9 |
簡単に言えば、ライダーAは相対パワーが高く、ライダーBは絶対パワーが高い。
ヒルクライムでは、体重による重力影響が大きいことから、相対パワーの強さが速さに直結する。そのため、相対パワーが高いライダーAがライダーBを引き離す結果となる。緩やかな登坂では、脂肪が1kg多いと、1kmのヒルクライムで3秒の差がでるとのこと。例えば、5kgの余分な脂肪があれば、同じパワー出力でも12kmの登坂で3分の差がつくことになる。
一方、フラットなコースでは、重力による影響が少なく、空気抵抗に関わる前面投影面積も体格の違いによる差が小さいため、絶対パワー(Raw Power)の強さが速さを決定する。つまり、360WattsのライダーBが、300WattsのライダーAを引き離す結果となる。
ちなみに冒頭で紹介したTrainingPeaksのパワープロファイリングでは相対パワーでパワーレベルが判断されているので、自分の場合はFTPでは相対パワーがカテゴリ3に到達できているが、絶対パワーとしては体重が自分より重い人に比べて低くなる。
この記事で触れられているのは、あくまで体重とパワーの違いだが、基本的に身長は体重と一定の比率になる以上、身長が低い人は身長が高い人に比べて体重が軽くなる傾向にある。
つまり、この記事の意味するところは、「基本的に、身長が低い人のメリットはヒルクライムだけで、他のコースは不利」ということである。
そして、山頂ゴールでもない限り、基本的にゴール前のスプリントでは背が低い選手は不利ということになる。
さらに、ニューヨーク市内のレースではこれまたヒルクライムが少なくフラットなコースが多いので、さらに背が低いと基本的にデメリットとなる。
この点、しつこく「基本的に」と書いたのが、身長による向き不向きを覆すポイントとなる。
プロ選手の身長
さしあたり、プロ選手の身長を見てみたいと思う。
ツールドフランスに出るような一流ロードレーサーは平均身長が高い。
欧米中心ということもあり、体格の差もあるのだろうが、身長が低い選手を見つける方が難しい。
すでに閉鎖されてしまったがあるサイトでは、ロードレーサーの身長等のデータが掲載されていた。その中で「競輪選手の平均身長」について、一般的な日本人の平均身長よりも日本人のプロ選手の平均身長が高いことが言及されており、「身長が高く大腿部・臀筋部の筋肉量の多い選手が、競輪学校入学試験の1kmタイムトライアルで有利」とのコメントも掲載されていた。
たしかに大腿筋等の絶対的な筋肉量もさることながら、脚が長ければそれだけてこの原理が効いてトルクがかかりやすくなるということもあるのだろう。ちなみにスプリントで有名なカヴェンディッシュは身長175cm、体重 69kgである。
パンチャーに近いスプリンターではあるが、比較的背が低いレーサーとして、身長169cm、体重58kgというベッティーニもいる。また、スプリンターのロビー・マキュアンは身長171cm、体重67kgである。
トップスプリンターの世界
ちなみに、ロードレースをよく知らない人から見れば、ロードレースは有酸素運動の遅筋スポーツというイメージがあるかもしれないが、ゴールスプリントにおいては無酸素運動領域の速筋勝負である。
この点、速筋スプリントのプロフェッショナルである競輪の世界で活躍する合志正臣選手は、162cmという身長でありながら、捲くりを得意とするゴールスプリントのスペシャリスト。トッププロのS級S班を経験し、獲得賞金総額は5億円に迫る勢いで、その小さな体から発せられる驚異的な爆発力は以下動画の通りである。
また、捲りを得意とし、世界自転車選手権プロスプリント(UCI Track World Championships)で10大会連続世界一を獲った中野浩一選手も、172cmとスプリンターとしてはむしろ背が低い方ではあったが、ツール・ド・フランス5回優勝のベルナール・イノーからも称されるほど、ロードレース、トラックレースの垣根を越えて歴史に残るスプリンターといえる。
これらの例からも、身長はあくまで「傾向」であって、絶対的な判断基準ではないことがわかる。身長、体重差をものともせずに活躍しているトッププロがいる以上、少なくとも、アマチュアレーサーレベルでは、身長、体重云々は言い訳にしかならないのかもしれない。そんなことを嘆く暇があればペダルを回せということだろう。と、自分に言い聞かせておく。
スプリントスタイル
ただ、体格の大きい選手と小さい選手では、スプリントのスタイルが違うように思う。
体格が大きい選手のスプリントを見ると、上背を使って体全体で自転車を大きく揺らしながらスプリントするスタイルが多く見受けられる。
特に、冒頭で述べたカテゴリ5のレースなどでは、大きな体格、体重を利用して強引にペダルを踏みつけているような感じである。むしろロードバイクが可哀想に思えるほど・・・。
逆に、上掲した合志選手の走りを見てもらえばわかるが、体格が大きい選手が多い欧米のロードレースに比べ、競輪などではサドルに座ったまま(といっても実際に荷重はほとんどかかってないのかもしれないが)超高回転ケイデンスでモーターのようにペダルを回しているのがわかる。体重を載せてロードバイクを大きく左右に振るスプリントとは対照的である。
ちなみに上掲Oddsの小鳩敬一のモデルは現役プロ競輪選手の小嶋敬二プロ。ケイデンス170回転、パワー出力2,000ワットを叩き出す日本屈指のスプリンターである。
もちろん、これは固定ギアというトラックレーサーの性質上、高ケイデンスでなければスピードを出せないというのがあるのだろうが、競輪のS級選手のギア比が3.54、ゴールスプリント時のトップスピードが70km/hとすると、157rpmのケイデンスで回していることになる。これはロードバイクの53-11tのギア比(4.82)でいえばケイデンス115rpmに相当する。結局、背が低いまたは体重が軽い選手は(自重を使う)ダンシングではトルク上不利である以上、競輪選手のような高回転スプリントを目指した方が良いのかと思う。
ちなみにクライミングでは、上掲のTrainingPeaksの記事で触れられているが、Massが2.3以上のレーサーはシッティングの方が登坂しやすく、2.0以下のレーサーはマルコパンターニのようにダンシングをした方がよいと書かれている。
また、体格の違い以外にも、高ケイデンスは有酸素運動領域の割合を高められるため、無酸素運動と有酸素運動との負荷割合調整にも利用できるテクニックである。実際、インターバルトレーニングなどで、Muscle Tension IntervalやFastPedallingを混ぜてみると、違う筋肉を使うことによって疲労を分散できていることを実感できたりする。
お世話になります。毎度引用元として当ブログ記事本文中にてリンクさせて頂いております。
返信削除スプリントの話ではなく、ダンシングについての記事で御座いますが。事後報告となりますが宜しくお願いします。
ご連絡ありがとうございます。
返信削除私もシッティング中心なのでダンシングが苦手というかする機会が少ないです。違う筋肉を使って疲れを分散させるという点ではもっと効果的にダンシングが使えるようにしたいと思ってます。そういえばファンライドの動画でも、休むダンシングや攻めのダンシングで三種類の違うダンシングを取り上げてました。
身長が高いほうが有利なのがわかりましたが、トルクの部分は少し違います
返信削除コメントありがとうございます。不勉強なところもあると思いますが議論を深めるためによろしければ違う部分について詳細ご記載いただければと思います。
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