すでに読まれた方も多いかと思うが、土井雪広選手の本。
日本に一時帰国されていた自転車仲間から持って来てもらってついに読むことができた。
最近は日本語の本を読むことも少なくなってきたのだが、平日帰宅後の2日間で一気に読み終えてしまった。
もともと土井選手のブログを見ていたのでスタンスや語り口はお馴染みのもの。
ここでは本書の中で2点だけ取り上げてご紹介。
■ドーピングと買収と
やはり今の(というか昔から)状況では切っても切り離せない話題であろう。
発売時の本人のブログにも、
「日本のロードレースファンの方には、綺麗な部分以外に起きてる部分もそろそろ知って、更にそれを受け止めて、この競技を愛して貰えると僕も幸せに思います^_^」
というコメントがあるとおり、「ロードレースの真実」を伝えるのもこの書籍の目的の1つなのだろう。
たしかに本書に書かれている通り、日本の雑誌には批判的な論評はなく、「ロードレース賛美」の一色で埋め尽くされている感がある。
日本の雑誌がかなりズレているのは「さいたまクリテリウム」のエントリで取り上げた通り。
「ツール・ド・フランス」の名を冠した?さいたまクリテリウムに対する海外の反応
そしてこれまた本書の通り、ひとたびドーピングが発覚すると一気に騒ぎ立てるのもランス・アームストロングで実証済み。
また、プロトン内が薬物ジャンキーで溢れているというのも納得。
ちなみに薬物といってもWADAの禁止リストのもの(いわゆる「違法」薬物)もあれば、監視プログラム下にある「合法」薬物もある。(もちろん括弧書きしているのは、ドーピング違反=法律違反になるわけではないため)
自分もエナジードリンクやPre-Workout系のドリンクを飲むが、監視プログラム下にあるカフェインが含まれている以上、それも言い方を変えれば「合法」薬物の摂取になってしまう。
すでに以前取り上げたので詳細は割愛するが、空手やアーチェリーでアルコールが禁止薬物になっていたり、ルルやストナリニといった風邪薬にも禁止薬物が含まれている以上、飲酒をしたり風邪薬を飲んだり、コーヒーを飲んだりしているアマチュアアスリートが見境無くドーピングは有罪的な論調をするのは、ケンタッキーフライドチキンを食べながらテレビで鳥が殺されるのを見て「かわいそう」って言ってるのと同じような感覚のズレを受ける。
結果、盲目的な批判には違和感を感じざるをえない。おそらく土井選手が温度差を感じているのもこういう条件反射的に批判する人々に対してなのだろう。
自分のスタンスとしては、もちろん禁止薬物を摂取した選手は批判されて懲罰を受けるのは当然、一方で「合法」薬物はルール内で最大限の努力をしている以上、批判されるものではなく、プロトンで薬物摂取大会になっているのもプロとしてルール内で最大の成果を出すための正当な努力といえる。
ただプロトン内ではそのルールですら破らないと生き残っていけない現実を教えてくれるという点で本書は素晴らしく価値があると思う。
タイラー・ハミルトンのシークレットレースも同様の自伝であるが、彼の場合は土井選手よりもより高く、そしてより深い処まで行ってしまったのであろう。
今回読み終えて印象に残ったのが、土井選手が4位に入ったとき、「どうして勝たなかったんだ」と言った監督のこの言葉・・・
「ユキ、今後のためにも覚えておけ。HCのステージの相場はせいぜい数千ユーロだ。交渉次第でもっと安くもなる。常識だぞ」
まさしくこの言葉を見て思い出したのはこのニュースだった・・・。
アームストロングが選手を買収、八百長を展開
その「常識」に染まった選手が「今後」を掴むことができるのだろうが、土井選手はあくまでピュアだったのだと思う。
本書の中で何度も「日本のファンは純真無垢だ」と語られているが、ヨーロッパの中で「今後」を掴むためにそこまで徹しきらなかった土井選手もまた、真面目な日本人であり純真だったのだと思う。
アメリカで働いていると、スポーツのみならず、ビジネスでもその違いがわかる。
会社1つとってみても、日本人は残業しまくって働く。
ルールの中で最大の結果を出そうと馬車馬のように努力する。
が、金融の世界でも、以前日本が金メダルを量産していたスキー種目でも、欧米では自分達に合うようにルール自体を変える。
日本人は変えられたルールに合わせてまた一から努力を始める。
ドーピングや買収はルールを破る話しなので少し違うが、ルールを不可侵なものと捉えるか、コントロール可能なものとして捉えるかという点でパラダイムの違いを感じることができる。
■殻を破るためのトレーニング方法
と、前段の文章が長くなってしまったが、実は本書を買った目的はドーピング云々ではない。
というかアマチュアの自分にとってはプロのドーピングの話しも買収の話しもどーでもいい。
本書を買った目的は、その内容から効果的なトレーニング方法を知ることができればという期待からである。
そしてその期待に大いに応えてくれた。
走っても走っても結果が出ない2005年の最悪のシーズン、オランダの地元レースですら途中リタイアをしまくっていたときから、HCのレースで普通に完走できるようになるまでのトレーニング方法の変遷が詳しく書かれていた。
影があるからこそ光が強くなる。
本書で一番心を打たれたのはブエルタで光り輝く姿ではなく、むしろ暗中模索でジブリアニメを見まくっていた頃の2005年の記述であった。
そしてびっくりしたのは、鳴かず飛ばず時代のトレーニング方法と、一気に強くなっていったトレーニング方法の変遷が、これまたタイラー・ハミルトンの経験とそっくりだったからである。
本書を読む限りは交流はなかったようなので、アメリカと日本、場所も離れ交流もない2人の選手が、同じような過程を経て強くなっていく様は、まるで1つの解を見たような感じである。
■読み終えて
上記の通り、読んでいて何度もタイラー・ハミルトンのシークレットレースを思い出した。
共通点がすごく多いことに驚く。
物の見方として、1つの視点からしか見ないと分からないことも多いが、2つの視点から見ると、その相違をもとにより深いところまで見ることができる。
そういう点で、同じサイクルロードレースというものに対して人生を賭けた男の話しとして、この2冊は両方読むことでさらに深く味わうことができる。
ドーピング1つとっても、その入口を見た土井選手に対し、タイラー・ハミルトンは各薬物の値段、勝った場合に医師に支払うレースのクラス別価格表まで書いており、もしもっと深みにまで堕ちていったならどんな世界が待っていたのかを窺い知ることが出来る。
そしてトレーニング方法。
ドーピングや買収の話しは「なるほどー」といって読む程度になってしまうが、トレーニング方法はアマチュア選手でも自分のパフォーマンス向上のために役立てそうである。
まだ読んでない方にはぜひ読んでみていただきたい本であった。
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