書評:「専業主婦は2億円損をする」にみる日本社会という無理ゲー

橘玲著「専業主婦は2億円損をする」が1月9日まで期間限定で無料Kindle配信中。

1月9日までにダウンロードしておけば2月8日まで読めるということなのでさっそくダウンロード。

同氏の著書は「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ」を10年以上前に読んだこともあり、資産運用本界隈ではそれなりにヒットしたのでこちらの本も気になるところであった。



宝くじはそんな簡単にあたらない


まず本筋と関係ないところで気になるのは、「宝くじにあたるより難しい」という言い回しが頻出すること。

曰く、

専業主婦志向の女子は婚活に必死になります。お金持ちの夫を手に入れるのは、いまや宝くじに当たるようなものなのです。というか、これは宝くじよりずっと確率の低いギャンブルです。高収入の男性はいくらでも若くてかわいい(専業主婦願望の)女の子がやってくるのですから、そもそも一人の女性と結婚する必要などありません。そのことがだんだんわかってきたので、いまや婚活は「当たりくじのない宝くじ」のようなものになってしまいました。

 新卒でたまたま入った会社で、たまたま天職に出合って「自己実現」できる可能性は宝くじに当たるようなものです。40代になれば転職もかなわず、ひたすら会社にしがみついて「置かれた場所」で苦行に耐えるのが日本人の労働観なのです。

日本では新卒で入った会社で定年まではたらきつづけるのが常識でしたが、その仕事が適職であるためには2つの条件を満たさなければなりません。ひとつは就活を始める大学3年生のときに、「やりたい仕事はなにか」を正確に理解していること。ふたつめは、その仕事ができる会社に採用されることです。

このように考えれば、「新卒で適職に出合える」のが宝くじに当たる以上にむずかしい理由がわかります。すなわち「ほとんどの就活は〝失敗〟」なのです。

偶然出会った男性が自分にぴったりの可能性は、たまたま買った宝くじが当たるようなものです。

いやいや、そんな簡単に宝くじにはあたりませんから

たとえば天職にしても、自分の長所を把握して何回か転職してみれば見つかるだろう。少なくとも18万回仕事を変えないと見つからないようなものではない(そもそもそんなに仕事の種類はないと思うが)。



この書き方では、宝くじがいとも簡単にあたってしまうように思われてしまうが、宝くじがまず当たることのない無理ゲーであり、「愚か者に課された税金」であることを強調してもらいたいものである。

まとめ


いきなりまとめに入ると、本書は以下のアドバイスで締めくくられている。

  • これからは、専業主婦はなにひとついいことがなくなる
  • 好きな仕事を見つけて、それを〝スペシャルな仕事〟にする
  • スペシャルな仕事をずっとつづけて「生涯現役」になる
  • 独身ならソロリッチ、結婚するならダブルインカムの「ニューリッチ」を目指す
  • フリーエージェント戦略で、カッコいいファミリーをつくる
これはすべて、無理でもなんでもありません。欧米など先進国ではみんながこういう生き方を目指しています

この点、前半の問題提起まではわかるのだが、後半の解決策でいきなり飛躍してしまう。

正社員にならずにフリーエージェント(フリーランス)として会社に縛られないことで1年の3カ月は働かなくてもいい自由な時間を作る。

そしてそのフリーエージェントで年収800万円を実現する。

なんか一気に現実感のない提案になってしまっている。

前半で幾度となく、「日本は独特の社会文化があるので諸外国の事例が当てはまらない」と繰り返しているのに、フリーエージェントについては「欧米もそうだから日本もそうなるべきだ」というのも、自分の主張に都合のいいものだけをチェリーピッキングしてる感があり説得力に欠ける。

結論で激しい失速感


前半~中盤にかけて、統計とか資料とか引っ張ってきて論理的に説明していたのに、その解決策が「私のようにフリーエージェントになればいい」という個別事例になり、一気に論理が飛躍してしまう。

「実際私は執筆活動で稼いでいるので会社の人間関係に煩わされることもありません」ということだが、作家やフリーエージェントで年収800万円以上稼いでいる人が全労働人口のうち何パーセントいるのだろうか。

さらにフリーエージェントになることで、時間も余るため子育ての時間も確保でき、共働きで子育てが難しい問題も解決できると豪語する。

子育て中の親がフリーエージェントになれば、やはり1年に3ヶ月は余裕ができるでしょう。夫と妻がともにフリーエージェントなら、合わせて6カ月分です。子育てのいちばんの悩みである「時間が足りない」は、これで解決してしまうのです。

そしてその「根拠」は筆者の個人的な経験・・・。

わたしはフリーのもの書きになってから、1年のうち3~4カ月は世界を旅しています。「よくそんなことができますね」といわれるのですが、なにも特別な秘密はありません。

いまの仕事場は、家から歩いて15分ほどのところです。一人でできる仕事ですから、たまに出版社のひとと打ち合わせをする以外は、会議らしきものはありません。そうすると、サラリーマン時代と同じくらい仕事をしても、まるまる3カ月が余ります。これをそのまま旅行に使っているのです。

そりゃあ執筆家の筆者にとってはフリーエージェントは常識なのかもしれないが、全労働者の中ではむしろ非常識なレアケースでしかない。

筆者の言葉を借りるなら、フリーエージェントで1年の3カ月を休んで年収800万円稼ぐなんていうのは、それこそ「宝くじに当たるより難しい」ことだろう。

せっかくの結論が自分の個別事情を参考にしたレアケース推奨になってしまっているので、前半の統計的な根拠を示した説明が台無しで、この失速感はなんというか「正解するカド」※並みの裏切られ感がある。

※見てない人のために説明すると、「正解するカド」は人類と未知との遭遇で動揺する国際社会を描く社会派SFストーリーだったのが、最後はなぜかBLと女子高生のバトルになってしまうという超絶展開をするアニメです。

残業時間で昇進を決める日本社会


だが、自分が読んで一番納得感があったのはこの統計。



日本で課長以上に出世した人の割合を男女、大卒・高卒別に統計を取ったところ、大卒女子は大卒男子どころか、高卒男子よりも出世できていないことがわかったのだが・・・

ある要素を調整すると男女の格差はなくなって、大卒の女性も男性社員と同じように出世しているからです。

その要素とはなんでしょうか。それは「就業時間」です。

日本の会社ではずっと長時間の残業やサービス残業が問題になっていますが、一向にあらたまりません。なぜこんなかんたんなことができないのでしょうか。

それは「日本の会社は残業時間で社員の昇進を決めている」からです。

「そんなバカな!」と思うかもしれません。でも就業時間を揃えると、大卒女性は男性社員と同じように昇進しているのです。

これは、「日本の会社は社員に“滅私奉公”を求めていて、社員は忠誠の証として残業している」ということです。

思い当たる節がめちゃくちゃある・・・。

何をやったかより何時まで働いていたかを気にする上司。

早帰りで強制的に帰らされてしまうので、土日に出社して仕事をする同僚。

ノー残業デーで本社から閉め出されてしまうので、わざわざ協力会社のオフィスに移動して「隠れ残業」に励む同期。

たいして重要でもないメールを土日にしてきて、返答の早さで忠誠心を試す「踏み絵」をする課長。

まさに日本で自分が経験してきたことを補強してくれるかのような説明で納得。

となると、そもそも日本社会の労働格差は男女によるものでなく残業時間によるものなのだから、専業主婦をテーマにするよりも残業体質についての本を期待したいところである。

(※表示にはcanvas要素を解釈可能なブラウザが必要です)


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