欧州遠征記4日目:ケルンのライン川サイクリング

自分は知らない街を歩くのが好きである。

これまで旅行で行った外国の都市も大体足で回って現地の雰囲気を肌で感じるようにしている。

そしてそれが自転車なら行動範囲が広がって尚更良い。

そこには知らない街、知らない道ならではなく不安と期待と冒険心がある。

ということでケルンサイクリングの始まりである。


■大聖堂巡り

朝5時に起きて外を見る。が、真っ暗。しかも昨夜の雨がまだかなり残っている



とりあえず、うとうと寝ながら空が明るくなるのを待っていると8時に。



ライトを忘れてしまったので、真っ暗な時間帯を避けて、ちょっと遅くなってしまったが8時半に出発。



まずはライン川の対岸へ向かうためにDeutzer Brücke(ドイツァーブリュッケ)という橋を渡る。



ちなみにドイツ(Deutz)にかかる橋なので、ドイツァーブリュッケ(ドイツの橋)。ドイツといっても国名のドイツ(Deutschland。カタカナ音ではドイッチュラント)とはスペルも違う別物で、Deutzというライン川の東側の地域を指す。

ニューヨークで言うブルックリンブリッジのようなものか…。ちなみにブルックリンブリッジは、イーストリバーの西側のマンハッタンと東側のブルックリンを結んでいる橋。

ドイツァー橋の上ではちゃんと自転車専用車線が確保されている。



対岸に着いて北上。



自転車用の信号も完備。というかさすがドイツ。これが自転車先進国(?)の力なのか…。



ついにライン川を挟んでケルン大聖堂の対岸に。



朝のケルンでライン川に映える世界遺産を見ながら一休み。



大聖堂の隣にあるケルン駅橋まで上がってホーエンツォレルン橋(Hohenzollernbrücke)の東端に。



この橋は東西それぞれの端の両側(南北)、つまり4箇所に像があり、大聖堂のある西側にはフリードリヒ3世とヴィルヘルム1世が、Deutzがある東側にはフリードリヒヴィルヘルム4世とヴィルヘルム1世がいる。全員プロイセンの君主である。

東端南側のヴィルヘルム1世。



ちなみにプロイセン王国を興してドイツ帝国を築いたのはホーエンツォレルン家の出身者。まさしくホーエンツォレルン橋という名前の通りである。



そして橋を渡って大聖堂側へ。



ちなみにこの橋は縁結びの橋でもあり、南京錠を恋人同士が橋の金網に付ける風習があるらしい。が、自分はそんなことお構いなしにロードバイクで渡り切る。



橋の上からライン川の南方を臨む。



ホーエンツォレルン橋の西端に到着。



線路を挟んで反対側にある西端北側の像。



目の前に聳える大聖堂。



大聖堂の向かい側にはケルン中央駅が。



そのまま駅を西へ進んでいると、もうタイムリミットが迫っているのでホテルへ戻ることに。と、サイコンのログが記録されていないことに気付き、慌ててスタートさせる

朝のママチャリと一緒に南へ向かう。



この前のおばちゃんは良いテールライト持ってる。



はっきり言って自分以外のロードバイクをみかけないのでちょっと心細い。というかロードバイクの自分はかなり浮いている



でホテルへ無事到着したものの、せっかくケルンの街をサイクリングしたんだからログを取りたかったなぁと妻に話したら、追加で約1時間の猶予をもらえたので再度出発




■ライン川サイクリング

今度は先ほどとは逆に、反対側へ向かって漕ぎ出す。

とりあえず朝のケルンの街並みを堪能しつつ郊外へ向かって走る。

ケルンの街は、中心部から環状に広がっており、中央から放射線状に伸びる大通りが各環状道路を貫いている。そしてその放射線状に伸びる通りを路面電車が一緒に走っている。

そのため道路には路面電車用の溝が入っており、ロードバイクの細いタイヤではけっこう危険である。写真は安全な(幅の広い)道路で撮ったものだが、場所によってはそれこそ路肩と溝の間がかなり狭くなっている。



しかも乗降用のため、一部の駅ではプラットフォームのように路肩がせり上がっているため、自転車にとってのセーフティーゾーンはさらに狭くなる。



「うーん、けっこう自転車にやさしくない道だなぁ」と思いつつ、郊外まで来て自然が多くなってきたので左折して環状道路を東へ走る。



しばらく進んで行くと、ライン川に突き当たる。



そのままライン川を南下。といってもライン川は南から北へ向かって流れているので南上というか、川上へ向かって走る。



ライン川沿いを走る朝のサイクリングはこれまた格別である。



Rodenkirchener Brückeという橋が見えてくる。



橋の下をくぐる。



橋を越えたところで道路工事をしていて走りにくそうだったので、引き返して今度はライン川の流れに従って北へ戻る。



ライン川といえば、古くから紀元前のローマ時代、ユリウス・カエサルのガリア戦記の頃から自然国境として利用されてきたゲルマン世界の重要戦略拠点である。ライン川西側はローマ帝国領として繁栄をしてきた経緯があり、ケルンの中心地がライン川西岸にあるのもそのためと思われる。



この自然国境は、第一次世界大戦まで使われ、それ以降はドイツのジークフリート線が国境となった。ちなみにジークフリート線で国境の街となったのは前回訪れたアーヘンである。



そんなこんなで歴史に想いを馳せながら悠久に流れるライン川と一緒にペダルを回す。



北に進むと、今朝渡ったばかりのドイツァー橋と大聖堂が見える。



ドイツァー橋の下を通過。



荒川の土手のような感じだった道が綺麗な舗装路に変わり、道路脇の雑草もなくなっていく。



遠くに見えていた大聖堂が近くなり、モダン(死語か)な建物が増えていく。こちらはRheinauhafenという地域で、マイクロソフトのドイツオフィスもある。



こちらはチョコレート博物館。一応ケルンの観光スポットの1つらしい。



それよりも後ろにある年代物の塔の方が良い味を出していた。調べたところ、1855年に建てられた見張り台らしい。



そこでサイクリング旅行をしていると思われるようなおばちゃんご婦人2人組みを見かける。



引き続き北上していくが、遂には観光客の団体が道を占拠し、とても快適なサイクリングが出来る状態ではなくなってくる。



延長時間も終わりに近づいていたのでそこで踵を返して帰路に就いた。



おそらく今回の道程を徒歩で回ったとしたらそれだけで旅行日程の1日が潰れたであろう。



こうしてホテルに戻り、後ろ髪を引かれる思いでケルンを後にするのであった。



次なる目的地は、アマチュアワールドチャンピオンシップが行われる決戦の地、アルデンヌの森にあるスタヴロというベルギーの町である。




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