引き足の意義と誤解

先週からの風邪は悪化。今日はアメリカも祝日なのでよかったが、かなり体力を奪われている。汚い話で恐縮だが、鼻水と言うより下を向いただけでサラサラと水が鼻から落ちていくような状態。

せっかくの暖かい気温なので6時には走りに出たが、風邪のせいで呼吸もきつく、三周で家路に就く。まあ昨日はレースで無理したので回復走的な感じである。



ということで話しは変わって、今回は引き足について。自分的には「引き足は押し足を邪魔しないためのもの」でファイナルアンサーだと思っている。

ビンディングペダルに対しても、「引き足によるトルクを加えるため」ではなく、「もがいても足がペダルからズレないようにするため」との認識が強い。

この点、特にビンディングペダル初心者向けの解説書などでは、押し足に加えて引き足ができることで二倍のトルクが掛けれる(!?)などと豪語しているものもあり、弱虫ペダルでもそのようなことが書かれている。(パワーメーターを持っている方であれば、そんなことはあり得ないことは数値で証明されるのだが)



一方で、プロロードレーサーのペダリング分析でも、競輪選手のペダリング分析でも、押し足に比べ、引き足のトルクはほとんどかかっていない。ちなみに英語では、押し足、引き足のことをPower phase、Recovery phaseと呼ぶ。つまり、引き足は回復フェーズであって、押し足と同等のトルクをかけるパワーフェーズではないのである。

以下、松本整氏の学会発表内容より引用するが、ヨーロッパで最も有名な日本人自転車選手であり数々の伝説を残した(※後述)中野浩一氏のペダリングである。画像自体は下死点における無駄なトルクの比較であるが、引き足においても両者ともほとんどトルクをかけていないことがわかる(引き足で文字通り「引いて」トルクがかかっているのならば、上向きの矢印になる)。ちなみに松本整氏も元トップ競輪選手で、43歳でGI最年長優勝を果たし、2012年のロンドン五輪の自転車競技で日本代表監督にも就任している。



この点、ペダリングの詳細については松本整氏の矯正ギアのページより以下引用させていただきたい。公式サイトでは上記学会発表の動画もアップロードされており、力学的観点からもっと深いところまで説明されているので詳しくはそちらをご参照いただきたい。

この下死点(上死点を0度とした時の180度のポイント)付近での踏み込みはクランクの回転にはまったくプラスにならないどころか逆に回転にブレーキを掛ける力になりスピードが上がらない上に大きくスタミナを奪う原因となり最も避けたい動作です。

 最もクランクを回転させるのに有効で、しかも重力という地上の全ての物に働く力まで効果的に使え、その上、股関節及び膝関節の伸展という人間が発揮できる最大の力を有効に使えるポイントは、クランクが地面に水平(上死点から90度)のポイントです。
この位置にクランクが来たときに最も大きな力を発揮し上死点、下死点にクランクが来たときに動作の切り替えを行い無駄な力を出さない事が力学的にも人間の動作の上でも最も効果的な方法です。


ちなみに、NHKのスポーツ大陸という番組で中野浩一氏が取り上げられたときにも、同氏のペダリングのトルク分布が示され、同じように押し足中心で、引き足はほとんど使っていないことがわかる。

この点、「引き足」という概念自体へのパラダイム転換が必要である。

引き足とは、下死点から上死点にかけてトルクをかける手段ではなく、下死点から上死点にかけて負の踏力をかけない手段である。つまり、そのまま足を乗せていると重力で少なくとも負の踏力(反対側の押し足を相殺して総踏力を減少させてしまう力)がかかってしまうところ、「しっかり引き上げる」ことにより、負の踏力をかけず、押し足のトルクの邪魔をしないということである。



この点、印象に残っているのは、ファンライドの動画「シマノレーシング狩野に聞いた上りのマル秘スキル」で狩野選手(当時はシマノレーシング。現チームブリヂストン・アンカー)が解説している同氏のペダリングである。

 
「一般には2時から4時と言われているけど、2時半から3時にピンポイントで一瞬踏んであとは惰性で回す


片やロードの選手、片や競輪選手なので申し合わせたわけでもないのだろうが、松本氏や中野氏のペダリング理論と驚くほど一致している。狩野式ペダリングもすなわち、「重力と自重を利用し、最も人間が強い踏力を発揮できる角度、クランクが地面に水平の部分にトルクを集中する」ということに他ならない。


※おまけ

ちなみにコピペになるが、中野浩一伝説の数々はこちらである。個人的っぽい話し(どっかのおっちゃんがとか)は信憑性が微妙だが、裏が簡単に取れそうな話しには信憑性がある。

・テロなどの保安面の問題に航空業界がまだおおらかであった時代には、欧州で旅客機に搭乗した時に、機長から直々に特別にコックピットに招待されたという(現在では保安やセキュリティシステムの面で問題となる為、この様な事は行われない)。
・ヨーロッパのミシュラン三ツ星ホテルでさえ、顔パスで入れる。
・自転車競技のトップレベルのスター選手からサインをせがまれる。
・日本人の仲野さんが欧州の学校に留学し「ナカノです」と自己紹介すると、教室の生徒が「ナカノだ!」・・・と尊敬の眼差しで見られた。
・中野浩一と知った欧州人がその場で固まって動けなくなった。(本人談)「ヨーロッパで現地の人と話してたんだけど、僕が中野浩一だと判ったらビックリしちゃってさ~。」
・「俺は○○地方のナカノだ!」・・・と言うオジサンが欧州には結構いるらしい。
・ベルギーに観光に行った日本人がベルギー人に「グレートチャンピオンの国から来たんだね」と呼びかけられた。
・日本人が欧州に観光に出かけると「ナカノ?」・・・と呼びかけられることが多々あるらしい。ある日本人がイタリアを訪れ現地の人に「日本のどこから来たの?」と聞かれた。「渋谷です。」「ナカノ?」「いや中野じゃなくて渋谷!」「ナカノ?」「いやいや渋谷!」あとで聞いたら中野浩一のことだったそうな。
・欧州に留学していた日本人がメガネをかけて自転者に乗ったら沿道から「ナカノ!ナカノ!」の大合唱が起こった。
・欧州で現役時代、航空機のチケットが取れず困っていたら航空会社が即手配してくれた。
・自転車選手(ロード)の市川雅敏が、欧州で練習中に「おまえはナカノの弟か?」と一般人のオジサンに聞かれた。
・中野浩一がフランスにツール・ド・フランスの取材に行ったときF1のサーキットを訪れレースの前の日に、サーキットでやる余興の自転車レースに参加、スタッフに負けてしまった。次の日の地元新聞の1面で「ナカノコウイチ、素人に負ける」と書かれた。
・サッカーのアレッサンドロ・デル・ピエロが来日時、中野と面会して感激で涙ぐんだらしい。
・1997年にヤン・ウルリッヒがツール・ド・フランスを制したときに、当時日本での放映権を持っていたフジテレビの解説者として中野浩一がインタビューしたが、そのとき中野が「僕の名前知ってる?」と尋ねたら「貴方の名前を知らない自転車競技選手がこの世にいるのですか?」と答えたのは有名な話。
・ツール・ド・フランス5連覇を果たしたスペインの英雄ミゲル・インドゥラインが中野浩一のインタビューを受けたのだが緊張のあまり直立不動でカチコチになっていた。
・中野がフジテレビの解説者としてツール・ド・フランスに行きその際にヴィラージュ(ステージ出走前に選手や関係者が食事したり休憩したりする場所。各国の取材陣もここに居る)に中野が入っていくと、そこに居合わせる全員が椅子から立ち上がり敬意を表した。
・イタリアの名ロードレーススプリンターだったギド・ボンテンピは当初、ケイリン世界一を念願に置いていたが、1981年のブルノの世界選手権での中野の走りを見て、「ナカノには絶対に勝てない。ナカノが出ないロードレースならば勝つチャンスはある。」と言ってその後、ロードレースに専念するようになった。



6 件のコメント :

  1. 「2時半から3時にピンポイントで一瞬踏んであとは惰性で回す」
    これはある意味ペダリングの極意だと思います。
    これを意識するだけでスピードはずいぶん違ってくるし、
    余計な力がかからない分ペダリングが急に上手くなった気がする。
    ありがとうございます。久しぶりにいい言葉と出会えました。

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  2. 興味深い記事だったので、自分のブログで取り上げさせて頂きました。
    自転車暴走族の記事でトラックバックしていただいたので、そのお返しもかねています。
    概ね反論という形になってしまいましたが、今後もお互い議論を重ねていければと思います。

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  3. 初心者ロードレーサー2011年10月13日 20:20

    垂直の角度でピンポイントで踏むというスタイルは、全角度で同じ力を出すように説明しているような教科書一辺倒の説明(曰く、「ムラのないペダリング」!?)よりよっぽど実践的で説得力があると思います。
    ちなみに物理的には、クランクに対してかけるトルクが垂直方向から30度ずれると13%、60度ずれると50%もの力が失われてしまうということですが、市販されているパワーメーターでは、クランク踏力とペダル踏力の違いまで出してくれるものがないのが辛いところです。この点、神経伝達等、随意収縮のラグを考えると、2時半から3時というのは、ちょうど垂直で力を入れるために物理学的観点からも理に適った方法であると思います。
    本文中でも触れましたが、ロードのプロとトラックのプロが同じペダリングに辿りついているというのが新鮮でした。トッププロになるほどその極意に収束していくのかもしれませんね。
    自分はまだまだ意識しないと難しいので、何も考えずペダルを踏んでいても常にそのペダリングができている状態に持って行ければと思います。

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  4. 初心者ロードレーサー2011年10月13日 23:16

    トラックバックありがとうございます。議論が深まりますので反論大歓迎でございます。
    狩野智也氏はご存知の通りロードの実力派クライマー、中野浩一氏のペダリングは競輪学校の教材にもなっており、松本整氏もロンドン五輪自転車競技(トラック、ロード含め)の日本代表監督でありますので、ここではメジャーなペダリングスタイルとして取り上げていますが、もちろんおっしゃる通り個人差がありますので、「自分はハムストリングが極端に発達しているので引き足の方が効果がある」という例外も多々あるかと思います。
    例として挙げられている「フォームだけ参考にしてもダメ」につきましては全くもって賛成です。「分析せずにとにかくペダルを踏む」という言葉の背景にある通り、ペダリング云々よりもまずは土台となる脚だと思っています。逆に理論先行の頭でっかちにならないよう自戒するようにしています。怠ることなく常に脚を鍛え続けることが大前提で、ペダリング技術も、良いフレームもホイールも、鍛え上げられた脚があればこそだと思います。

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  5. チャリンコチャーリー2013年12月11日 11:39

    ペダルの回転だと力の入れ方をなかなかイメージできなかったのですが、閃きました。クランク長の2倍の高さ34cm奥行34cmの階段を駆け上る時と同じだろうって。足が伸びきるす少し前に力を込めたって階段を速く登れるわけがありません。

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  6. 初心者ロードレーサー2013年12月12日 0:04

    34cmの階段というのはすごい閃きですね。
    まさに「ある一点でトルクをかける」の良い例だと思います。
    階段では前足に重心を移して後ろ足を抜重しますが、その動きこそまさしく「押し足を邪魔しないための引き足」なのかと。

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