自転車という趣味で最も大事なこと

このブログでは単なる愚痴はできるだけ載せないようにしている。

というのも、人の愚痴読んでても面白くないだろうし、読みたくもないだろうと思うから。

とはいえ、今回のことはいろいろ考えていくと新たな視点もあり、単なる「愚痴を共有するだけのエントリ」から発展して、人生観や気付きも共有できるのではと思いエントリすることにした・・・。

家族から非難を受ける趣味を持つということ


先日のこと、こちらの自転車仲間とのLINEグループから送られてきた自転車のリンクを見ていたところ・・・、

それを見た妻から「また自転車見てるのか」と小言を食らう・・・。

今はもう極力乗らないようにしているのに、自転車関連のネットを見るのすら駄目なのか!と口論になりかけた・・・。

実際、子どもが生まれてからは、自転車に乗る=子どもの世話を押し付けていることになり不満を言われるので、週末は家族と一緒にいるようにしている。

もう3年以上自転車通勤のみにして週末は乗っていないじゃないかというと、「でも一人でLAへレースしに行ったくせに」と言い返される。

レースって平日休んで土曜には帰ってきたのに・・・、それに泊まりでレースに行くなんて年に数回(去年は3回)なのにそれでもまだ責められるのかと愕然とした・・・。

おそらく自転車を続ける限り一生恨み節を言われるのだろうと覚悟していたがやはり口論になるといつも持ち出される。

こうして事あるごとに自転車が原因で家庭内衝突を繰り返すと、(自転車に限らないんだろうが)趣味を理解してくれる周辺環境というのがどれだけ大事かがわかる

特に家族からの理解は何ものにも代え難く、家族に応援してもらえるのと嫌な顔をされるのとでは天と地の差である。

日々のきついトレーニングやレースにはモチベーションが欠かせないが、身近な人の支えこと最も大事なモチベーションになるのだと思う。

一緒にレースに来たり、リザルトを電話で話している自転車仲間を見ると、逆に自転車の話題をしようものなら喧嘩になってしまう我が家の環境が悲しくなる・・・。

そもそも妻曰く、自転車にのめりすぎていることが嫌※で、ほどほどに楽しむ程度にして欲しいとのこと(※と言われて平日のジテツウのみにしたのだが、それでもまだ時々するレースが駄目らしい・・・)。

凝り性かどうかという人間性


といっても自転車関連でこのブログを読まれている方も、基本的に「ほどほど」にするのが苦手な方だと思われる。

自転車にハマった人はわかると思うが(というかスポーツ全般そうなのだろうが)、乗った分だけパフォーマンスに繋がるようになっている以上、どうしてもちゃんとそのスポーツを楽しもうと思ったら、それなりにのめり込んで、夢中にならなければ満足の行く成果が得られない。

というか自転車好きな人は自分含めて基本的に凝り性だと思う。

自分は赤魔道師か白魔道師か選べと言われたら、たとえ黒魔法が使えなくなっても黒魔道師を選ぶだろう。



逆に「ほどほどに楽しめ」と言われても、「ほどほど」では楽しめないと思う。

いろんなスポーツや趣味を体験版的にたしなんで、上辺だけ味わっても本当に面白いところはドップリ漬かってみないとわからないと思う。

そう考えると、自分はいろんなことをそれなりにこなすジェネラリストより、一つのことを深く掘り下げるスペシャリストを目指す方が性に合ってるんだと思う(逆にジェネラリストにはなろうとしてもなれないので、ジェネラリストになれる人は素晴らしいと思うが)。



自転車のペダリングにしろ、ランニングフォームにしろ、重力や関節、腱、靭帯、筋肉の動きを考えながら、いかに効率的な動きを追求してタイムを縮めて行くかを追求していくのは求道者の姿に近いと思う。



周りの自転車仲間の中には、自分よりよっぽど熱心に深いところまで到達しているスペシャリストも多く、彼らに比べれば自分ごときのレベルで凝り性云々と言っているのが憚られるくらいである。

ということで、「ほどほどにするかどうか」について自分の中では答えが出ているのだが、問題はその道を求めるという、自分の性(しょう)に合った生き方が、家族の求めるものと根本的に合ってないということにある。

1年の重みの違いが優先を決める


と書いてきたが、「趣味か家族か」についても答えはとっくに決まっていて、自分の中では疑いようもなく家族との時間を優先するのが当然だと思っている。

その一番の理由は時間的特性

どちらの方が大事かというより、時間制約上の稀少度で決まってしまう。

レースは何かしら毎年あるし、自転車という趣味自体も今年で終わるわけではなく、その気になれば10年後だって20年後だって身体が動く限りは楽しめる。

今年中に成果を出さないと契約解除されてしまうプロレーサーと違って生活がかかってるわけでもなく、実際10歳、20歳上の人も同じ趣味を楽しんでいる。

一方で4歳の子供との時間は今しかない。

10年後は一緒にいたくても友達を優先するようになってしまうだろうし、むしろ中学生で親離れが進んでいるのは精神的成長としては自然といえる。

そして20年後には独立してしまってそもそも一緒に住んでいない可能性の方が高い。

アメリカでは高校から親元を離れて自動車でハイスクールに行く学生もいるみたいだし、子供と一緒に生活できる時間は思うよりももっと短いかもしれない

逆にいつまでも独立せずにニートになってしまうというIFルートもあるかもしれないが・・・。

「順調な未来」にしろ、「何かあった未来」になるにしろ、結局大人にとっての1年と子供にとっての1年の重みが違う以上(4歳の場合、人生の25%!)、自分の趣味の数年間と親子の思い出を作る数年間は比べるまでもなく後者優先だろう。



まあ共通の趣味を親子一緒で楽しめるならそれに越したことはないんだろうが、自分と同じ速度で走ってくれるようになるのはまだまだ先になりそうだ・・・。


6 件のコメント :

  1. 「よ、ご同類!」という感じです。

    まあ10歳にもなればほとんど自立するので、それまでの間は「パフォーマンスをこれ以上低下させない」的な目標管理に切り替えるのがいいのかなーとか。それでもじりじりと低下しちゃうのは仕方がないですね。どれぐらい落ちていくのかは記録取っておきたいものです。

    それよりも前向きなこともあります。6歳ぐらいになれば、海、スキーやトレッキングなど、かなりレジャーが楽しめるようになるし、もちろんカミさんもやれます。だから雑食でレジャーを楽しむぐらいが正解かなーとか思ってます。(一人で自転車趣味にお金を使うよりも、お金はかかります、、。)

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    1. まさに小さい子どもを持つローディーの共通の話題ですね。
      ハイキングやカヤック等々は私も好きなので家族サービスがてらレジャーを楽しむ方向に切り替えれればいいのですが・・・。ただでさえ教育費なりがかかってくるので、仰る通りお金は趣味1人分よりよっぽどかかりそうです。
      あとは大きくなるまで待つとなるとパフォーマンス低下の原因が練習不足よりも老化になりそうなのが怖いですね・・・w

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  2. その点、バイクよりもランの方が、時間かけずに近場でトレーニングでき、お金も圧倒的にかからないし、齢とってもパフォーマンスがまだ上がるし。。私はどんどんランにシフトしてしまってます。。

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    1. そうですね。良くも悪くも自転車と違ってスピードが出ないし車道も走らないので交通事故リスクも減りますし。それに子どものオモチャやらで溢れかえってるウチの場合は置き場所を取らないというのも大きなメリットになってます。あとは着地衝撃による骨や関節痛問題をクリアできればですが・・・。

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  3. 我が家は上が7歳、下が4歳ぐらいからそれぞれ自転車を与えて家族でツーリングを始めました。上が12歳、下が9歳ぐらいから距離や速さが増してきたので私が付いていけなくなり、ロードバイクに変えて、メンズだけツーリング、私(妻)は自動車で並走(もしくは先回り)して写真撮影(記録係K)に徹してましたが、どんどんメンズの距離が伸びてきたので(汗)今ではメンズはツ―リング、私はランニングに切り替えました。奥さまも自転車に乗るように仕向けてみては如何でしょうか!?

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  4. アドバイスありがとうございます!下が4歳というとうちの子ももう自転車を与えていい年齢ですね。私も家族ツーリングはそれ(脚力の差)が問題になるかなぁと思ってます。妻には電動自転車も考えましたがそもそも電動自転車で走ってて(スポーツとして)楽しいのかという疑問がありますが・・・。それか逆?にして私がランニング、妻は自転車というのもありかもしれないなと。そのためには私自身のランニング速度がもっと速くならないと(=ダイエットしなきゃ)ですが。

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