新コンポ開発の背景考察から見る現代ロードレースの醍醐味

今回は新コンポーネントの紹介エントリにて話しに上がった、新コンポーネント開発の背景考察について。

ちなみに予め断っておくと、本ブログは開発元とは関係ないし、販売代理店でもなく、プロとも関係ないので、あくまで自転車趣味人の一考察に過ぎない。その点をご了承いただいた上で読み進めていただければと思う。

逆に言えば、スポンサー関係や諸所の紹介料や手数料といった「大人の事情」に縛られずに済むということでもある。まあ人によっては、「そんなの言われなくてもわかってるよ」という内容かもしれないのであしからず。

11段化はプロの要望?

前回のエントリにて頂いたコメントで、「リア11段化は一般サイクリストが必要とする云々じゃなく、供給しているプロ達からギアを増やして欲しいという要望を抑えきれなくなったから」ではないかというご意見を頂いた。

ここで自分が疑問に思うのは、「本当にプロ達の要望を抑えきれず(致し方なく)開発に踏み切ったのか」という点である。

というのも、前回触れた通り、2011年のツール・ド・フランスで表彰台に上った総合トップ3はいずれも10段使用である。さらには、区間5勝を挙げてマイヨ・ヴェール(ポイント賞)を獲得したカヴェンディッシュもシマノの10段使用である。また、2011年のジロ・デ・イタリアで総合優勝をしたコンタドールは、11段化どころか電動化もされていないSRAMである。

最先端の技術が最も必要とされるであろうトッププロにおいて、10段の選手が11段より高順位につけているという逆転現象が起きている事実を、まずは直視しなければいけない。

となると、「プロの選手からの強い要望」が本当にあるのかという疑念が沸く。むしろ、こういった結果が出ている以上、「11段じゃないと勝てない」というプロがいたらプロ失格なのではないだろうか。それこそ、自分の脚の無さをコンポのせいにしていると思われてもしょうがない。

事実だけ見れば、「10段の方が11段より優れている」ように見えてしまうが、逆に彼らが11段を使っていたとしても同じ結果になっていたように思える。少なくとも、「プロの世界は10段だろうが11段だろうが関係ない」。それを証明するに足るだけの結果をトッププロたちが見せてくれたのは上記で述べた通りである。

思うに、現代ロードレースにおいて、勝利に必要な機材は既に出揃っている勝負を決めるのに必要なのは、脚であり、チームであり、戦略であって、電動でなくたって、11段でなくたって勝てるのである。

トッププロの結果を見る限り、機材の性能が少し変わったくらいで勝てるほど甘い世界でないことがわかる。

なぜなら、そもそもそうなるように仕組まれているからである。

UCIの自転車仕様規定

ご存知の通り、UCIでガチガチに自転車仕様を規定されている現在では、技術力があってもそれを自転車本体に反映させることができない。

以前ご紹介したUCIルールブック。その1.3.020~1.3.025に渡り、詳細に自転車の仕様が書かれている。



UCIの規定の範囲内において、現在のロードバイクはかなり完成度の高いところにきてしまい、最早改善の余地はし尽くされ、劇的な変化は望めない

UCIの規定が厳しくなる前は色々な自転車が記録を塗り替えていた。前後輪とも片持ちのピストもあれば、アワーレコードを塗り替え、ダイヤモンドフレームからかけ離れたロータス Typeシリーズもある。

詳しく知りたい方は、Flyng Scotsmanというドキュメント映画を観ていただきたい(なぜか邦題は「トップ・ランナー」らしい…)。アワーレコードを二度更新しながらも、UCIの規定変更により公認記録から抹消(非公認記録の「ベスト・ヒューマン・エフォート」となっている)されたグレアム・オブリー(Graeme Obree)の自伝を元にした映画である。



オブリーだけでなく、ボードマン、インドゥライン、ロミンゲル、モゼールが出した記録も公式記録からは抹消されてしまっている(ボードマンはその後、規定自転車で改めて挑戦して公式記録を更新)。しかも、過去の記録を非公認扱いにしたのは、記録が更新された1996年から4年経った2000年であり、まさしく後出しジャンケン以外の何者でもない。機材スポーツとして機材を工夫する努力と、あくまで「競技者によって優劣が決まるべきで、機材で優劣が決まるべきではない」というUCIの主張との対立を象徴する例といえよう。

論点がずれてしまうので、アワーレコードと非UCI規定の自転車については改めてエントリしたいと思うが、少なくとも、UCIの規定によって自由競争による機材の進化が止まってしまったのは確かである。参考までに、上述したボードマンによるロータスT108の非公式記録(ベスト・ヒューマン・エフォート)、1996年9月7日に出した56.375kmは、その後毎年のように「新型」フレームのニューモデルが登場している今でも破られていない



良くも悪くも、現在のロードレースでは、機材で結果が左右されないようにできているのである。もし結果を左右できるような新機材であれば、ロータスしかり、アピュイドセル※しかり、規定違反として公的歴史からは抹殺される(※実際に使ってみたレビューはこちら)。



ただ、アワーレコードではとかく悪者扱いされやすいUCIであるが、「機材スポーツとはどうあるべきか」を考えた場合は理に適っている。スポーツである以上、最終的には人間のパフォーマンスによって結果が決まるべきである。もし機材に何の規制もかけないのであれば、特にジュニアの場合、「親が金持ちなら勝てる」という理不尽なことにもなりかねない。つまり、機材が勝負に影響を及ぼさないことは、スポーツという側面を重視した場合、ある意味当然の帰結なわけである。

高級自転車ビジネスのRequirement

一方で、自転車やコンポーネントを販売するメーカーとしては、営利企業としてビジネスを展開する以上、企画→開発→生産→販売という製品サイクルを放棄するわけにはいかない。似たようなものでも少しずつ違いを出して、新しい機能、モデルを出し続けていかなければ、販売拡大もできないし、買い替え需要も見込めない

先に触れた通り、ジロ・デ・イタリアでは電動化も11段化もしていないSRAMが、電動よりも11段よりも好成績を残した。最早プロの世界では11段化も、電動化ですら「必須ではない」のであろう。

ところが、コンポメーカーとしては、11段化なり、電動化なりで差別化して絶えず新製品を供給していかなければ商品の購入サイクルを回転させることができなくなる

そうして、機材メーカーの事情、機材メーカー自身の要望で新製品が開発される

自社製品を売るために新機能を加えてプロに使わせる。

プロもスポンサーありきのため、持ちつ持たれつで新機能の製品を使う。

プロが使っているという宣伝効果で、ホビーレーサーやホビーサイクリストの間にも買い替え需要が広がり、プロが使わないグレードにも新機能を加えたバージョンを投入して売り出し利益を上げる。

このサイクルを繰り返すことで継続的に業績を確保していくことこそ、コンポメーカーの使命である。

規定内での新製品開発がもたらす絶妙なバランス

ここで誤解しないで頂きたいのは、自分は上記考察を以てその姿勢を批判しているわけではなく、むしろ前向きに捉えている。

まず、企業は営利団体である以上、株主の利益最大化のために利潤を追求するのが使命であることは当然である。

次に、「機材が結果を左右してはならない」という大前提があるものの、その規定の範囲内で最大限の努力をし続けることは、将来の、もしUCIの規定が変わったときの発展のために必要不可欠である。(実際に、6.8kgの重量規定を見直すよう求める動きが出ている。キャノンデールなどはその代表といえよう)

また、コンポメーカーやフレームメーカーが常に新モデルを出すことによって、販売代理店、ひいては自転車産業界を活況させる。機材スポーツは機材としての趣味性が高いので、新モデルが次々に出ることは所有する趣味としての需要も満たしてくれる。選択肢が増えることで、自転車業界の裾野を広げることにも役立つであろう。

結論として、電動化にしろ、11速化にしろ、自分が必要かどうかはともかく、新しい風が入ってくることは大歓迎である。自転車趣味人としても、そうして新しいモデルが出てくるからこそ、財布の紐と相談する楽しさというものがあるのだと思う。

一方で、機材が全く制限なしに自由化され、機材で勝負が決まるようになってしまっては、そこには既にスポーツとしての楽しみ、醍醐味、人間ドラマがなくなってしまう

まさしく、今のロードレースは、機材を工夫する楽しみと、脚を鍛え上げる楽しみを両立させた素晴らしさがあると感じるのである。


6 件のコメント :

  1. とある自転車乗り2011年12月14日 4:43

    自分は、UCI=悪者、という認識でいましたが、今回の文章で考えを改めさせられました。
    機材スポーツとはいえ、やはり「スポーツ」であるのだから、選手自身の身体能力(および精神力も)で競うべきですよね。
    規制の仕方には疑問があったりしますが、UCIの信念は忘れずに、その上でどこまで機材が許されるのかを議論すべきということでしょうか。
    自分は偏った見方をしがちなので、様々な角度から物事を捉えることのできる初心者ロードレーサーさんには感心させられっぱなしです(^^;)

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  2. ホビーレーサー以前にホビーライダーである小生は、最近機能だけでなく美しさを求めたい衝動に駆られております。つまり、乗って楽しむだけでなく、眺めていてムフっとしたい。その観点からはCampy。一方、ホビーライダーというサポートのない環境では耐久性とメンテ、互換性も大事。その観点からはShimanoとなります。
    パフォーマンスの追求は機材より体に改善余地が大きい小生レベルでは電動も11速も関係ないかなあと思う次第。もっとも、互換性の観点で11速が一般化されれば、11速に乗り換えないといけないということでもありますが。
    まあ、物欲も趣味の一環と達観しております。
    結論としては自転車を2台。Carbon FrameにDura Aceのレース仕様が1台。そして、クロモリ+Campy Recordの観賞ならびにサイクリング用1台。ってなところでしょうか。

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  3. 初心者ロードレーサー2011年12月15日 1:41

    確かに、理不尽のように思えるレギュレーションもありますね。特にFlying Scotsmanではオブリー視点で話が進む分、UCIの「いちゃもん」に反感を持ったりしました。
    6.8kg制限も、(カーボン技術が発達した)現在の時代背景に合っていない、安全性確保という理由でまだ堅持されていて、その結果、キャノンデールなんて5kg台の自転車に重りを入れて走らせるような本末転倒現象が起こってますし。とはいえ、とかくレギュレーションというものは保守的なものなので、公平性というものを保ち続けられるように、時間をかけながら少しずつ改定されていくのだと期待してます。

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  4. 初心者ロードレーサー2011年12月15日 1:48

    私も美しさを鑑賞する楽しみは重視してます。これまでのロードバイクはいずれもFavorite ColorのBlue&Whiteですし。それに、外見的なものとなると、やはりディープリムは見た目的にはインパクト強いですよね。
    ちなみにもしTTバイクを買うことがあればその理由の半分くらいは外見的な審美性だと思います。実際、ロードレース(今年は30レース走りました)に比べてTTをする機会は年に数回(今年は2回のみ)くらいしかないので実用性という観点からはそこまで必要ではないですし…。これがまたトライアスロン等をやっているともっとTTバイクの出番が多くなるんでしょうね。
    ただ、物欲は留まるところを知らず、自転車は5台+α欲しいなぁと思ってます。レース用1台、ローラー台用1台、トラックレーサー1台、TTバイク1台、折り畳み1台。あ、サイクリング用を考えるともう1台ですかね。+αの部分は、UCI規制以前にあったようなモノコックバイクが欲しいですね。レースには使えないので完全に趣味の世界ですが(笑)。街中をモノコックバイクで走ったらめちゃくちゃ目立つと思います。って、そういえば注目される快感もありますね。
    まさしく、自転車はひとつ、楽しみ方は色々だと思います。

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  5. はじめまして。11段に関しては、カンパニョーロの11段開発当初のシマノのコメントが有名で、シマノはギヤ比の関係からも11段は必要がないと11段の開発に当初は否定的でした。
    おそらくプロからは10段までしか開発要請がなかったのでしょう。

    でもアリカンテのような上りではプロでも自転車を押していることがあるので、無いよりはあったほうがいいのかもしれません。
    でもそれに付随する規格変更の殿様商売は頂けませんが。

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    1. はじめまして。コメントありがとうございます。シマノは一方で14段のリア変速特許を出していたりするので今後も変速数は増えていく可能性ありですね。
      これまでの9段から11段になっていった内容を見ると、ギアレシオの範囲自体は一定範囲内(11t~28t、例外でも30tや32tまで)なので、激坂用にはやはりフロントで対応する形になるのかなと思います。

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