ランス・アームストロングに対するドーピング疑惑口撃である。
以下は雑誌に特集されていたドーピング違反/疑惑者の図である。「醜い真実(The Ugly Truth)」という標題がついている。
20年以上に渡り500以上の検査を受けても陽性反応がでなかった(ランス・アームストロングのFacebookのコメントより引用。原文は「20+ year career. 500 drug controls worldwide, in and out of competition. Never a failed test. I rest my case.」)ランス・アームストロングはともかく、プロロードレース界を見れば、ドーピングが蔓延していると言っても過言ではないだろう。
■ドーピングになる対象
そもそもドーピングというのは定義が難しく、取り扱い注意な単語であると思う。
なぜなら、何がドーピング違反で何がセーフなのかは、時代によって変わり人によって決められるからである。
例えばカフェインは2004年までは禁止リストに含まれていたので、当時コーヒーやコーラを飲んでいた人は「禁止薬物を摂取している」状態になっていたということである。ちなみにカフェインは現在では監視プログラムに移行されているが、完全に除外されているわけではないので、また禁止薬物に含まれる可能性も否定できない。
カフェイン以外にも、風邪薬に含まれている禁止薬物もあれば、病院での医療行為で使われるものもあり、あくまで禁止薬物は「禁止薬物」であって「違法薬物」ではないということである。さらに、空手やアーチェリー等においてはアルコールですら禁止薬物に指定されている。いわば、スーパーやコンビニでも禁止薬物が簡単に手に入ることになる。
詳しくは世界アンチドーピング機関(World Anti-Doping Agency)の「THE 2011 PROHIBITED LIST INTERNATIONAL STANDARD(※PDFリンク)」を参照していただきたい。
■ドーピングの生化学的な効果
一方で、ドーピングが引き起こす体内の作用自体は、客観的には通常の体内における生命活動と同じであって、程度の差でしかない。
例えば持久力を高めるエリスロポエチンなどはもともと体内に存在する物質である。また、今回のニュースで触れられていたテストステロンも、普通に体内(睾丸、卵巣、腎臓)で分泌される男性ホルモンの1つであり、筋肉トレーニングでも分泌が促進される。
ちなみに、これまで生化学のエントリで述べてきたが、体内では常に、筋肉のタンパク質を増加させる同化作用(アナボリック)と分解・減少させる異化作用(カタボリック)が起こっており、テストステロンやアナボリックステロイドの摂取はこの同化作用を亢進させるものである。
一方で、「体内では常に」と書いたとおり、アナボリックとカタボリックは体内では普通に起こっている生化学反応であり、薬物を使わなくても、それこそご飯を食べるだけでインスリンの分泌が活発化され、カタボリックが亢進する。
■どこまでがドーピングか
テストステロンがドーピングになるのは前述の通り。次にテストステロンの前駆体となるDHEA(デヒドロエピアンドロステロン)は、アメリカではスーパーやドラッグストアでも手に入るがドーピング違反である。実際にトム・ザーベルがDHEAの陽性反応で処分を受けている。
トム・ザーベル、DHEAで陽性反応
一方で、アンチエイジングサプリメントとしても利用されているDHEAだが、高齢者をサンプルとした2年間に渡る検査によって、DHEAやテストステロンを投与しても身体構成、身体能力的な改善は見られなかったという研究結果(以下リンク参照)も発表されている。乳酸の役割でさえ学会で議論が分かれているくらいであるから、現在ドーピング違反になっている物質でも、実はドーピングにあたるほどの効果がなかったということもありうるだろう。
DHEA in Elderly Women and DHEA or Testosterone in Elderly Men
また、DHEAやテストステロンといったホルモンはコレステロールを原料として作られるが、コレステロールまで遡るとドーピング違反ではなくなる。さらに成長ホルモンの分泌を促進するとされているアルギニンは準必須アミノ酸ですらある。そもそも筋肉の原料の多くはタンパク質であるため、それではプロテインすら制限するかという話しになってもあり得ない話しではない。実際にアミノ酸の一種であるクレアチンはオリンピックの金メダリストも摂取したサプリメントであるが、フランスではスポーツでの使用が禁止されている(自転車、オリンピックではまだ禁止指定されていない)。アミノ酸はタンパク質の構成物質であることから、そういう意味ではすでに特定のタンパク質はブラックリストに入っていることになる。
身体能力を高める三大要素は、運動、栄養、休養である。この点、パフォーマンスを上げようと最大限の栄養効果を出そうと努力した結果、知らず知らずのうちにドーピング違反になっているということにもなりかねない。前述したカフェインやアルコールも、日常的に飲食されている以上、要注意な物質である。
ちなみに、ドーピングは程度の問題であり、効果のある物質だけを人為的に抽出して摂取するのが問題であるという考え方もある。しかし、効果のある物質だけを摂取するという点では、プロテインだって牛乳や大豆からタンパク質を中心に抽出したものであるし、それこそ脱脂粉乳ですら、人為的に牛乳から脂肪分を抜いたものである。
さらに牛乳でも成分調整をしてあったり、そもそも牛に栄養価の高いエサを与えるだけでも「人為的に」栄養構成物質を変えていることになりかねない。また、卵の卵黄を食べずに卵白だけ食べる行為も、故意にタンパク質だけを摂取する行為になる。
ということで、話しが尽きないのでこのあたりで止めておくが、今回の疑惑に対して何かしらのコメントを書くわけではなく、上記説明も別にドーピングを擁護しているわけでもなんでもないのだが、以上のようにセンシティブな問題であることは確かである。
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