初日夜の汕頭料理以降、この旅行中は常にお腹を下した状態で、常にトイレの危機と背中合わせの日々であった。
そんな中、汕頭のトイレ事情が襲い掛かる。
そう、あれはタクシーで小公園という旧市外の中心まで行ってから観光をしていたときのこと。
汕頭の旧市外の路地はまるで廃墟のようで、お腹を壊したらそれで試合終了だと思っていたが、やはり慢性的な腹痛が襲いかかる。
が、ちょうどいいタイミングで公衆トイレを発見。
中に入るとそこには・・・
一応腰ぐらいの高さの仕切りはあるものの、ドア無し、丸見えの個室?が。
しかもこれ、便器はあるけど、紙がなければ水も流れない。
日本で「トイレに紙が無かった」といえば、ちょうど紙が切れていたということを指すと思うが、汕頭のトイレはそもそもトイレットペーパーを設置する設備(トイレットペーパーホルダーとか)が存在しないのである。
そう、そもそも「トイレに紙を設置する」という概念自体が無い・・・。
つまり紙は常に持参する必要があり、「大」をしたくても紙が無かったらアウトなのである(もちろんティッシュの自動販売機なんていう洒落たものもない)。
いや、まだ100歩譲って紙無しは許そう。
が、もう一度この写真を見ていただいて分かるとおり、「水を流す設備がない」のである。
自分はこれを見たとき一瞬「・・・」となってしまった。「出たもの」をどうやって流せばいいのか・・・と。
だがその疑問は振り返った瞬間に解消された。
水とバケツが!!
そう、この水は手を洗うのと便器を流すの兼用で、バケツで水を汲んで自分で流せというメッセージなのである。
オーケー!これが「手動トイレ」かっ!!
「大」をした後、お尻を拭いてから水を汲んでは便器に流し、汲んでは流しを2,3往復して綺麗に流しきる。
それ以降、常にポケットにティッシュがある状態を維持し、帰る頃には汕頭のトイレに慣れた自分がいた。
これに比べれば、TOTOのウォシュレットはまさに未来のトイレで、高鉄(中国新幹線)のトイレですら天国であった。
ちなみにこのトイレ、この水で体を洗ってるおっちゃんとかまでいる。
体を洗ったり歯磨きしてたりするのを見ると、はっきり言って新宿や上野の公園でみかけるホームレスにしか見えなくもないが、どうやらこのトイレは地元の人々の生活用水としても使われているらしい。
そう、つまり公衆トイレというよりは、むしろ上下水道が各家庭に完備されていなかった頃の日本にもあったような、「公共の水場」としての役割を提供しているのかもしれない。
まるで一昔前の時代にタイムスリップしたような出来事であった。
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