パワートレーニング略語説明:TSSとは

FTPNPIFを説明したことで、パワートレーニングのトレーニング内容を定量化するためのポイントと言ってもよいTSSの説明に入ることができる。

TSSとはTraining Stress Scoreの略。FTPに対するトレーニング内容(質×量)の割合のことで、トレーニング内容を定量的に把握、比較するのに用いられる。

TSSの内容


エリックバニスター博士のTRIMPスコアを元に、IFといった強度とトレーニング時間を組み合わせた考え方である。個々のトレーニングのグリコーゲン使用量の指標ともなる。グリコーゲンの使用量とは、すなわち解糖系によるATP生産であり、乳酸の発生程度につながるため、個人によって違いはあるが、TSSによってトレーニングに対する休息期間の目安がわかるようになっている。

TSSの計算式は以下のようになっており、標準化出力値に強度を掛けたものを、FTPで除して求められる。スコアというものの、実際はパーセンテージに近く、FTPを基準としてトレーニングがその何%にあたるかを相対的にあらわしたものである。

TSS = (NP × IF × 時間) ÷ FTP × 100

TSSによるトレーニング強度


FTPと同じ強度で1時間のタイムトライアルを走った場合、NP=FTP、IF=1、時間=1時間となり、TSSは100となる。 FTPは1時間単位のパワー出力を表しているため、分、秒によって計算する場合は単位を揃える必要がある(分の場合、FTPに60を乗じた値、秒の場合、FTPに3,600を乗じた値を使う)。

注意が必要なのは、TSSは絶対的な値ではなく、FTPに対する割合でしかないため、過去のトレーニングログと比較した能力向上結果を見る指標としては使えない。能力向上指標としては、FTPの変遷が主指標として使われる他、同一FTPにおける能力向上についてはFTPと同様のトレーニングにおけるIFの指標によって判断することができる。

TSSとトレーニング強度の関係は以下の通り

TSS強度休息期間目安
150以下低い通常、翌日には回復している。
150-300中程度翌日には疲労が残るが、2日後には回復している。
300-450高い2日後にも疲労が残る。
450以上非常に高い数日間は疲労が続く。

同様に、週間、月間での合計TSSも、TSSから計算されるCTL、ATL、TSBという指標を使うことで、トレーニング強度とトレーニング量の指標としてオーバートレーニングの判断に使うことができる

カバーされていない部分 その1


TSSはトレーニングの指標として威力を発揮するが、TSSの欠点というかTSSの思想に欠けている部分が「トレーニングの質による向上能力の種別」である。 TSSでは各パワーゾーン(FTPに基づく運動強度)に基づいて、重みを付けてスコアが付けられている。

一方、運動強度が違えば違う代謝系、筋線維のトレーニングとなるため、TSSという1つの同じ基準で比較をすることができない

TSSは時間と運動強度で計算されるため、例えば、軽いギアで長時間ロングライドをした場合と、短時間でスプリント中心で激しいトレーニングをした場合では、同じTSSとなってしまうことがある。しかし、前者では有酸素系による遅筋のトレーニングであり、後者では無酸素系による速筋のトレーニングとなる。もちろん回復時間も違えば、トレーニングの効果も違う。

例えば、FTPが250Wで、①NP=160W(FTPの64%。Level 2のエンデュランス領域)で2時間半、②NP=350W(FTPの140%。Level 6の無酸素運動領域)で30分のトレーニングをした場合、これら二つのトレーニングのTSSは同じ100となる。毎日のTSSが100になるようにトレーニングを続けたとしても、上記①のように、低負荷のロングライドしか行わなかった場合では、短時間に高出力を出すスプリント系の能力が鍛えられることはない。一方、②のようにスプリント系のトレーニングをした人とでは、TSSが同じ100であったとしても、その結果得られる能力に大きな違いが出てしまう

カバーされていない部分 その2


もう1つの落とし穴が、実際のトレーニングだけスコア化され、その他部分が数値上現れてこないことである。

そもそも広義のトレーニングとは、目的(競技)に合った運動能力の向上であり、そのための運動能力向上プロセスの全体を指すと考えている。

既知の通り、筋肉はトレーニングをしてる最中に付いていくのではなく、トレーニングをした後で適切な栄養を取り、適切な休息をすることによって初めて獲得することができる。ちゃんとトレーニングしていても、夜更かし、飲み歩きなどによって不健康な生活をしていてはトレーニングに見合うだけの効果が上がらない。

ぶっちゃけ、TSSのスコアを多くするために寝る時間を削ってトレーニングしても、その分休養時間が減ってしまっては逆効果である。寝不足になるまでトレーニングをするのであれば、その分トレーニング時間を短く、短期集中型にして十分な睡眠を取った方がトレーニング効果は上がると考える。

また、スポーツ栄養学と呼ばれる分野もトレーニングにおいて重要である。プロテインなどは筋肉の材料となるため、どんなにトレーニングをしてTSSを上げても十分な量のプロテインを摂取していなければ筋肉は付かない。トレーニングによって消費したカロリーを補充しなかったり、朝食抜きで生活していたりすれば、体内ではカタボリック(異化)作用によって、むしろ筋肉がどんどん分解されていってしまう

つまり、トレーニングの効果を数値として把握するためには、単に体を動かしている実トレーニングだけでなく、栄養摂取や休息といった項目も加えて総合的に見ていかなければ、正しい結果を得ることができないのである。実トレーニングに加え、栄養摂取と休息が揃ってはじめて、運動能力向上プロセスが完結するのである。つまり、実トレーニングは運動能力向上を司る3つの変数のうちの1つにすぎず、同じTSSでも他の2つの変数次第で如何様にも得られる効果が変わってしまうのである。

とはいえ、TSSは画期的なトレーニングの定量化手法であり、日々のトレーニングを見える化するためにも重要な指標である。上記の抜け落ちている箇所も認識しつつ、上手く利用することでトレーニングの質を向上させることができる。

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